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東京高等裁判所 昭和40年(う)1466号 判決 1965年10月22日

被告人 増田倫任

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

理由

本件控訴の趣意は記録に綴つてある東京地方検察庁検事布施健作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

所論は、原判決は本件につき被告人を懲役一年に処し四年間刑の執行を猶予するとともに同期間保護観察に付する旨言い渡したが、原判決の右量刑は本件犯行の罪質及び情状に照らし著しく軽きに失し不当であると主張する。

よつて記録ならびに当審における事実取調の結果を綜合して検討するに、本件は京橋郵便局郵便課に勤務していた被告人がその在職中になした郵便物窃盗の事犯であつて、通常の窃盗事犯とは異なり、単に財産権を侵害したに止まらず、郵便業務に対する国民一般の信頼感を著しく毀損したものと言つても過言ではなく、とくに本件犯行によつて不着となつた郵便物の差出人、受取人等に与えた有形無形の影響は軽視できないところであること、被告人は昭和三六年四月から京橋郵便局員として勤務していたものであるが、翌三七年三月頃から本件により検挙せられるまで約三年間に亘り、本件同様の犯行を多数回反覆累行していた形跡が優に認められ、その被害概要は郵便物の通数にして約一、一〇〇、在中していた現金合計約一八万円、同切手合計約四万円に及ぶものと認められること、本件を含め右一連の被告人の犯行動機は、管内所在の光研社、近代映画社等宛ての普通通常郵便物中には雑誌等の注文のため現金或いは切手類の同封されていることが多いと同僚から聞かされ、当時金銭に窮していたところに端を発するが如くであるが、現職の郵便局員としての任務を考えれば右のような事情は何等斟酌に値しないものであるばかりでなく、また郵便局側としても犯罪防止に関する通達等を局舎内の見易いところに掲示してその周知徹底を期するとともに職員に対する指導訓練を通じ犯罪防止に力を入れていたにも拘わらず被告人はその非を改めず、ことに昭和三九年一一月二一日同じく京橋郵便局勤務の青木俊二が郵便物窃取の廉で検挙せられ、被告人としては当然この事実を知つていた筈であり、またそれだけの関心を払うべきであるのになおその後三箇月余に亘り犯行を重ねていたことを考慮すれば、犯情悪質の非難を受くるもやむを得ないものがあると云うべく、同情の余地は認められないこと等の諸点のほか本件犯行の動機、態様、罪質、結果、被告人の年令、経歴、生活態度、境遇等記録に顕われた一切の事情を考慮すれば、被告人が若年であること、本件を現在では深く後悔していること、父兄の協力を得て現金二二万円を担当郵政監察官に差出し九万六千九十円は本件各被害者等に弁償がなされ、爾余の十二万三千九百十円は弁償を受くべき者の氏名等が判明しないため東京郵政監察局より返還されたがこれを居村の社会福祉事業資金として寄附していること、懲戒免職後更生の緒についているものと認められること等被告人の利益になるべき諸点ならびに本件各被害者等が郵便法第一九条に違反し普通通常郵便物中に現金を封入して差出していた事実を十分斟酌しても、なお被告人の責任は重大であり、体刑の執行を猶予すべきまでの情状はこれを認め難いところである。したがつて被告人に対し懲役刑の執行猶予を言い渡した原判決は、たとえ保護観察付きのものであるとしても、その量刑軽きに失するものと言うべく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて刑事訴訟法第三九七条、第三八一条に基づき原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書にしたがつて当審で自判することとし、原判決が証拠により確定した犯罪事実に原判決挙示の各法条(刑法第二五条第一項、第二五条の二第一項前段を除く)を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 樋口勝 関重夫 金末和雄)

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